あくまで私の主観ですよ。

あるグループのRさん。
団塊世代で私の親くらいの年齢ですが、とても若さにこだわっています。
バブル世代以上は女である事を忘れない方が多くて、諦め世代と言われる氷河期の自分は見習わないといけません。(ノンストップおっさん化)

私はただ若いというだけで嫉妬されているのを、ひしひしと感じております。
この前も露骨な嫌がらせをされてしまいました。

そのグループはRさんだけがアレで、他の方々はみんな私に優しいんですよ。
それがまた疎ましいのかもしれない。
我の強すぎる団塊世代には困ったものです。

戦争を体験した世代は謙虚な人が多かった。
団塊~バブル世代は、高度経済成長期と好景気で、蝶よ花よと持てはやされた世代です。
「おれたちがこの日本を作った!」
「自分達が中心だ!」
といつまでも思うのも仕方ないかもしれません。

その下の世代、氷河期世代なんて常に「要らない子」扱いでしたからね。
自己肯定感低すぎて、立ち向かえる強さがない。


ゆとりを経て今の10代。
上下関係や「~ねばならない」が無い世代です。自由ですね。
フリー世代と勝手に名付けよう。

新しい時代を作る次世代です。

最近、目を覆いたくなる事故、事件が多いです。
その多くが、中高年が若い世代に対してです。
高齢化社会で、町に居るのもお年寄りが多いというのに、何故あえて小学生の列に突っ込む。

これに関して、二つ考えました。
あくまで邪推ですよ。


1.新しい世代への嫉妬

上記のような、Rさんタイプ。
自分達はいつまでも現役なんだ!と考えている世代にとって、若い世代は目の上のたんこぶでしかない。

保育園の建設反対、公園でのボール遊び禁止…など、お年寄りが子どもに対して不寛容なのは、
未来ある若者への嫉妬があるからじゃないでしょうか。

その集合的無意識が、中高年が若者を…となっている気がするんです。


2.対立を煽る勢

1の結果、若者は「老害」と言って中高年を責めます。
今権力を握っているのは団塊世代で、氷河期世代以下は従うしかありませんでした。
そのうっ憤が、加害者へ、そしてその世代へと広がります。

旧世代vs新世代の対立が起こっているのは事実だと思います。
でも、それを煽っている存在を感じます。
悪魔と言えばそうなんでしょうが、その悪魔はもしかして、私達の集合的無意識かもしれない。



アダムとイブが禁断の実を食べて得たのは、「善悪」だったといいます。
良い悪いとジャッジを繰り返し苦しむ事になる。
これが原罰というそうです。

私もかなりジャッジが強いです。
人をカテゴリー分けして「これだから団塊は…」と言う。
困った人が目立つだけで、いい人もたくさん居るのに。


川崎殺傷事件も、大変理不尽で許せない事です。
しかし恐れと不安と憎しみに支配されたら、悪魔勢の思う壺だと考えます。
当事者じゃない限り、本当の辛さは解りません。
沈痛した顔を作って好き勝手意見を述べる出演者を見る方がしんどいので、テレビは見ません。

波動を落とすのが奴らの目的ですから。

かといって、多くのスピリチュアルが言う、愛や光を送りましょうなんて言えません。
私は多くの過去生と現世で、人間の醜さ残虐さをたらふく食らってきた人間です。


この前母親との喧嘩を、思わず同じ世代に愚痴ったら、
「生んでくれた人なんだから、優しくしないとね」
と言われた時には、ケッ!!とリアルで言いかけた。

人間の本質は闇か善かと言われたら、元は善でしょう。
赤ちゃんで悪人なんて居ません。

でも愛を知らずに生きると、容易に悪に染まってしまう。
墨が服に着くとなかなか落ちないように、悪→善になるのはとても難しい。
この波動の低い地球なら尚更です。

それでも私が人間に対する愛や希望を止めないのは、悪は愛が欠如しただけの姿だと解っているから。
一番最初に得るのは母親からの愛。
得られない人は常に愛の飢餓を感じる。
闇の中で彷徨う。

苦しんで苦しんで、外に愛を求めて得られずにまた閉じこもり、人のせいにして人を憎み、
孤独の末に見つけるのは…自分の中の微かな光です。
生きているという確かな光です。

自分の唯一の味方は自分だったと気づく。

それの光は心臓にあります。
脳には何もないです。
脳は余計な事ばかり考え、真我に気づかせるのを妨害します。
そればかりか、悪想念を受信するのも脳です。
脳は簡単にハッキングされます。

ハートだけは魂の座なので、誰にも侵されません。

苦しい時、胸に手を当てて、脳の無駄話をストップさせてみてください。
何かに気づくはずです。

ナウシカは旧世代の神が、光のみの世界を提示してきて、否定します。

神「お前は危険な闇だ 生命は光だ!!」

「ちがう いのちは闇の中のまたたく光だ!!」


闇の中にあってこそ、光は強く感じる。
光だけの世界は生きてるとは言わない。それはあの世だから。


山で遭難した時、いじめっ子が飴をくれた。
彼女が元から良い子だったら、私は今でもこのエピソードを覚えているだろうか?
貰った事を当たりまえのように感じたのではないか。

彼女も、極限状態で本質の善を出した。
これこそ闇の中にまたたく光じゃないだろうか。

清浄と汚濁こそ生命…ナウシカは言います。
人間は綺麗な空気を吸い、臭いウンコします。
どんな綺麗な人間も、腹の中はウンコです。

生きてる限りはウンコをする。
心にも醜い闇を抱える。
それでいいんですよね。
ウンコは出して、闇に飲まれても心の光を見失わなければ大丈夫なんですよ。

すべてはバランス、と本に書いてあるのがようやく体感出来た気がします。

(この記事は5月31日の前日に書いたものなので、エゴ・ジャッジ色が強く、だいぶ修正しました)



近所の浄化槽の低周波がきつくて弱ってきました。
業者も呼んだけど、聞こえない人は聞こえないんですね。
ノイズキャンセリングイヤホンというのがあると知って、注文しました。
イヤホン苦手なんだけど(笑)
飛行機とか周りの雑音気になる時は必須ですよね。


あと買い物メモ。
無性に手作りパンが食べたくなったでござる。