実質これが①になるんですけど(笑)
需要あるか分からないのですが、何だか最近過去の事ばかり思い出すので、整理の為に書いちゃう。


私、変ってるらしいです。本人はまったく自覚ないです。
だって突然奇声発して駆け出したりしないし、挨拶など社会的常識は守ってるつもり。
それなのに、周りから「変わってる」を連発されます。

こんな私が、何故一般企業に就職したのか…。それがそもそもの間違いだったのだ…。

高校時代。成績は中のやや上くらい。
ですが姉と妹が優秀だった為に、
「お前にかける学費はない」
と父に言われ、進学をあきらめる。勉強も嫌いだったしな~。
この頃パソコンがあったなら、確実にそっち行ったのですが。

やさぐれて勉強を放棄、休み気味になったので3年生の半分から成績も内申書も散々でした。
みんなが進路を決める中、全然決まって無かった私。
三者面談で、先生が某大企業を推す。
母親喜んで勧める。気乗りしない私。

翌日。担任。
「もう申し込みしたからな」

おいっ!!私の意志無視かよっ!?

面接で何故か受かってしまい、4月から寮に入り高卒で就職する事に。

前日の夜はまったく眠れなかった。紫の朝焼けの空をやけに覚えている。
「世界滅びないかなー」
くらいに思っていた。乗り気じゃなかった。嫌な予感しまくりだった。

新人研修は、創始者がいかに偉大かを説明する、まるで宗教団体だった。
寝てたw

1時間前出勤、掃除は社員がする。トイレは先輩に回数と時間を計られる。昼食は友達同士が許されず、職場のみんなと御通夜状態。残業はタイムカードを押してから。

それがおかしいなんて、初就職で解るはずもない。
ただただ嫌だった。

ペアのお局様は、いつまでも自分は松田聖子だと思っているタイプで、ねちっこいイヤミタイプ。
私の事をひたすら、「変わってる変ってる」言って来た。
この時から「変わってる」という言葉がトラウマですね。

普通の枠からはみ出る者を叩く事で、自分のマウンティング欲満足させてるんだもん。

検査員だったので8時間、ひたすら座って顕微鏡を見る。
私語禁止、音楽なんて流れてない。
光の届かない工場の中、眠いし時間長いし、拷問かと思った。
仕事は我慢料だとはよく言ったもので。昭和の理論だけどな!!

寮も今時、6畳一間に4人。(ベッドは別部屋)
タコ部屋かい。
先輩と常に一緒。一人になれる時間なんてない。

他人と狭い空間に住む事に耐え切れず、すぐアパート借りて姉と住んだ。

1年半くらいした頃、肺炎になる。
治って会社行っても高熱が出て、早退する。

頭おかしくなってたんでしょうね。
会社内をふらふら彷徨い、「ここどこ?」なんて事もあった。
同期の女の子とも上手くいかなくなった。

上司に相談。
「〇〇さんは、優しいんだね」
と言われて、猛烈に情けなくなり、涙があふれる。

優しい=弱いんだね、と言われた気がしたから。

結局、まともに働く事が出来なくなり、1週間休職したのち、退職。
この会社は本当におかしかった。まぁ京〇〇なんですけど。

ノイローゼと自殺がやたら多い所です。
義弟もここに殺されたようなものです。
有機溶剤を手袋・マスク無しで触らされ、無理な勤務を組まれ(夜勤明けの昼から出勤など)
脳に原因不明の疾患が見付かり、早死にしてしまいました。

絶対に行かせたらダメだ。


最初の就職は身体と心に大ダメージを受ける、手痛いものとなりました。
実家に引き上げ、引き籠りニートをしていました。うつ病だったと思う。
まだ20歳になったばかりだというのに。あたしの青春暗かった。

たまたま外に出て、スーパーの本屋コーナーへ。
ハーブの栽培の本を手に取る。

今まで庭仕事も観葉植物すら興味無かったのに、急にハーブにはまり、植えて育てまくる。

これがまさか、うつ病に良かったなんて後で知りました。
太陽の光を浴びて、ひたすら土仕事。心と体に良いことをしてたんですね。
この頃1回だけ不思議な事がありました。

ハーブにしか興味なかったけど、室内に置きっぱなしのゴムの木が日を浴びたそうだったので、外に出したら、
「ありがとう!!」
と脳内に直接響いたんです。
正しくは超音波みたいな音で、それが「ありがとう」だと自動翻訳していました。

後にも先にも植物の声を聞いたのはこの時くらい。

三ヵ月ひたすら園芸して、すっかり元気を取り戻した私に、親が求人のチラシを見せてきます…。

次は不定期!


ハーブは今でも好きです。花でなく何故地味なハーブだったのか…。
今思えば前世の記憶なのか、導かれたのか。
調合とか、ハーブが勝手に教えてくれるような気がします。そしてよく効きます。
いつかアメリカみたいな、代替治療のハーブ量り売り屋したいですね~。

やっぱ職業を「魔女」にするしかないな!!



ナニコレ欲しい。