最近不登校娘を起こす為に、私の母が来てくれます。
でも私の表情が死ぬらしい。
母は自分語りの激しい・会話のキャッチボールが出来ない人なので当然とは思いますが、
借金、仕事が辛かった時の愚痴マシンガンよりはマシになっているというのに…。

しかも私も、何もなくても愚痴っぽくなってしまうのです。
今日も愚痴を言いかけて踏み止まり、自分のインナーチャイルドに集中してみました。

狭い箱の中で、煙でいぶされ苦しんでいる情景が浮かびました…。

つまり私にとって母の存在は、苦しみでしかないわけです。
それ程のトラウマを植え付けられてきたのか、と自覚して愕然。

「普通の親でした」
と言う人ほど、そうじゃなかったりします。
目に見える虐待や暴言がなくても、毒親は存在する。

「仲はいい方です」
とおっしゃった方が、過干渉で操作しようとしてくる母親だったこともあります。※1

潜在意識、インナーチャイルド(ウニヒピリ)は真実を知っています。
ウニヒピリが苦しいと思っていたら、そう感じていいのです。
親だから愛さないといけない、なんて事はない。

距離的に離れられなくても、精神的に離れる事は自立した大人として正しい事だと思います。

心理学で「父親殺し」「母親殺し」という物騒な言葉があります。
どちらも支配するものからの卒業、自立を現していますが、
私が最近読んだ中でとても感銘したのがこちら。

古代ギリシャの文化では、子どもは母方の祖母と一緒に草で編んだ紐(ひも)を作り、
それから夜を徹して丘の中腹へと旅をしました。

その旅の途中のある地点で祖母は、母なる地球の女神がこれから、子どもの母親になる時であるということを話して聞かせました。

祖母は肉体上のへその緒と、エーテルレベルのへその緒とはどのようなものかを子どもに説明し、
その子どもがもはや、そうしたものを必要としないことを話したのです。

そして祖母は子どもに、草で編んだ紐を取り出させ、それを子どものへそにつなげさせて話して聞かせます。

この紐が、まだお母さんのへその緒と子宮に繋がっているへその緒だと想像してごらん。
今、それを取り除くときが来たんだよ。
それを引っ張って外しなさい。
そしたらそれを山の上の方へ力いっぱい投げなさい。

紐が土に帰り、おまえはこれから母なる地球と新しいエーテルレベルの結びつきを作り出すんだよ。
私たちはすべて母なる地球の女神の一部なんだからね。
と。あなたが7歳の時にそれを理解しているところを想像してみてください。

情景がありありと浮かぶような、もの悲しくもあり美しい通過儀礼ですよね。
日本では七五三がそれにあたるでしょうか。
参照全文、毒親で苦しむ方々への救いのような感じを受けましたので、お悩みの方は5度ほど読んで欲しい。
私8回読んだ。

母親は娘を「所有物」のように思って、掴んで離さない傾向があります。
手放して自立を促すのが正しい親の姿です。
ちなみに、息子は有無を言わせず嫁のものになりますから、嫁イビリは自然な事だったりします(笑)
子離れ出来ている、成熟した大人ならそんな事はしませんが。

私の母親はネグレクトでしたが、「親の面倒は子供が見るべき!」思考はちゃっかりあって、甘えが酷いです。
でもその代わり、子ども時代の姉と私にそっくりな孫の面倒をみる羽目になっていたりします。
それはまるで、子育てのやり直しをしているようです。

人生の課題はいくつになろうとも、受けなければならないものなんですね。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」
というのは、若くて体力ある、柔軟性あるうちに苦労すれば、あとは穏やかに過ごせるという意味だと実感します。

私も若いうちは事故・遭難・誘拐未遂・いじめ・ブラック企業・パワハラ・うつ病と散々だったので、あとは面白おかしく生きるのだ。



寒くなったので湯シャン再開していますが、やはり良い櫛が欲しくなる。


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この名セリフがアニメで出てきましたが、演出の仕方に拘りを感じました。
泣いた。